かつての弘前は映画天国だったよ。

我が町弘前には、昭和30年代~60年代前半位までは、かなり映画館があった。駅前には東宝系の宝塚劇場、もう一つNマークのいかがわしい映画館。土手町という中心街を下って右へ行くと、東映。
 中土手を右に曲がると、大映。、土手を下りきった所を今度は一番町の坂を登って右に曲がると、東宝劇場、スカラ座、その向かいにはオリオン座、脇の道を駅方面に降りていくと文化、名画座。
 土手町を降りきった所を左に曲がると、弘前一の飲み屋街鍛冶町。ここにはミラノ座劇場って2番館3番館が有り、さらに鍛治町を深く入るとテアトルっていかがわしい映画の封切館。自分が覚えている範囲では、こんな感じで、弘前市は映画ファンにとって天国のような街だった。
 高校を出て一年間浪人生活をしていた時は、勉強に煮詰まるとやたら映画館に通ったものだ。もちろん、しがない浪人生活では小遣いも乏しくて、昼飯を三日抜きにしてでも見に行ってた。当時はロードショー封切り館では大体一ヶ月位同じ上映作品だったが、二本立てが普通だったし上映途中でも入退場が自由だったので、上映開始に間に合わなくても、見たところから見れなかったところまで見ることができた。もちろん入れ替えも無し。だから、映画館に一日中居ようと思えば居れたし、上映時間をあらかじめ調べておけば、狭い地域に劇場が固まっていたので映画館のはしごも容易にできた。規則違反だけど平気でみんな煙草も吸ってたし、食べ物飲み物も劇場内ではなく、外で買った物を当たり前に持ち込んでた。
おそらく高校から浪人時代、大学までが人生で一番多く映画を見た時かもしれない。
てなわけで、次回から今まで見た映画に関するブログも増やしていこうと思うので、よろしく!!
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